2016年11月10日

九十九神 Newアルバム

すっかり毎日が寒くなりました。ストーブにしがみつく季節ですね。庭の植物たちもすっかりおとなしくなり、虫たちの気配も薄くなりました。
ここにいると「身を潜める季節」なんだなというのがとても自然に判ります。

ですが芸術の秋、まだまだ終わってはいませんよ。いよいよ残すところ10日を切った、えんじろうのニューアルバム「九十九神」の発売日が迫っています。
ところがまだCDは到着していません。今できる準備をひたすら進めている状態です。

そんなわけで、少しの間ですが、九十九神の話題でブログを盛り上げてゆこうと思います。ぜひご覧くださいね。

構想は1年以上前から(もう少し前からかも)始まっていました。僕がいつも楽器に対して思っていたこと、それを象徴するような演奏がしたい。うまく伝えられなくて歯がゆかったもの、真っすぐ伝えられるような音色が似合う音楽を作りたい。
そして1曲ごとにちゃんと伝えたいことをはっきり込めて、今までよりももっともっと感情を込めた演奏をしたい・・・。
そんな思いで積み上げてきた新曲たちを、ようやくアルバムにまとめ上げることができたのです。

ところでタイトルの意味は何でしょう?
九十九神は付喪神とも表記されることがあり、どちらかというとその方が一般化しているようです。

Wikipediaによりますと「日本に伝わる、長い年月を経た道具などに神や精霊(霊魂)などが宿ったものである。人をたぶらかすとされた。」と記されています。
この「長い年月」という部分を表現する言葉が「九十九」だったり「付喪」だったりするようです。

ENJR-003 九十九神.jpg

読み進めてゆくと、どちらかというとひとつのものを長く使いすぎると意識を持つようになるから、そうなる前に始末してしまおう。そういう意識があり、その扱いに怒りを覚えた道具たちが化けて出たもの・・・。という感じみたいですね。
どうしてこういうマイナスの雰囲気になってしまったのか?道具が心を持ったら素敵だと思うのですが、僕にはそこはよくわかりませんでした。

ただ日本人の心には大昔から「すべての物には神様が宿っている」という感覚のようなものが根付いていて、このお話もそれが根元にあるから伝えられてこられたのだと思います。
そしてこんなことを読んで少しでも「そうかもしれないなあ」とか「ワクワクするなあ」とかいう気持ちを抱いてしまった僕やあなたも、日本というこの地がそうさせてしまうのかもしれませんね。
針供養とか人形供養とか、そういうのもきっと同じ考えが元にあるように思えてなりません。

僕はこの話題について、日本人らしいし人間的でとても素敵な感覚だと思うんです。そういうものを考えてしまう曖昧さや弱さがあるからこそ、人は人を必要としていられる。人がいるとホッとするんじゃないかなって・・・。元々自分のことを筆頭に人間嫌いだった僕が思うんですから!
そんなこともあって、僕はあえて何か満ち足りる100まで届いていない99という数字を使ったこちらの「九十九神」表記が好きになったというわけです。
そしてそんな気持ちや感覚を、そのまま音楽にしてアルバムを作ろう・・・。そんな風に思い立ったのです。

このCDでは様々なものが心を持ったときのことを想像して作った曲が、たくさん収められています。

では次回は、そのあたりをちらほらと・・・。お楽しみに。
posted by えんじろう at 13:53| Comment(0) | Episode | 更新情報をチェックする
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