2019年06月29日

人を想うこと

今日は親戚の法要に行って参りました。

母親の両親の法要になるのですが、
僕にとっておばあちゃんとなる人には、
強い人見知りだった僕はなぜか、
このおばあちゃんになついていました。

いとこたちがみんなで買い物に行くと言っても、
僕は残っておばあちゃんに遊んでもらったことも。
こたつの上でボールを転がし合ったりと、
そんなことくらいなのですが、
心地よくてホッとして、
そこに自分の居場所を感じていました。

法要の最中にもそんなことを思い出したりして、
懐かしいような温かいような。
目を閉じて回想していました。
目を開けると目が潤んでいる。

いなくなってしまったことが寂しくてではない。
そんな誇れる人がいることが嬉しくて。
「九十九神」のCDに入っている「障子の影」という曲は、
そんなおばあちゃんが亡くなられたときに、
おばあちゃんとの記憶から生まれた曲です。

「九十九神」を持っていらっしゃる方はぜひ、
また聴いていただけたら嬉しいです。
持っておられない方は、
こちらからご注文することもできますよ。
カラオケ付き楽譜もありますから、
あなたの思い出と共に、
ぜひ演奏してみて下さい。

そしてここからは、
ちょっと不謹慎な話(かな?)
お経を聴いていました。
おばあちゃんのことを思い出しつつ、
お経を聴いていたのです。

よくよく聴いていると、いつもはお経の音階を追いかけて聴いていることが多いということに気が付きました。
それなら今日は、お経に入っている倍音の動きを気にかけてみようと思いました。
お経を倍音の変化のみ気にして聴いてみたことは、本当にはじめてのこと。なんだか不思議な空間に入り込んでしまいそうなくらい、妙な感覚になっていきそうになりました。

やがて木魚の音が鳴り響き始めました。これがまた素晴らしい。
僕は木魚を叩くタイミングはお経を読む「拍」なのだと思っていたのです。正確には「表拍」です。
そう信じて聴いた今日の拍はなんと「裏拍」です。何度聴いてみても裏打ちをしています。それがまた良い!
気がつくと音楽として聴いてしまっているのがおかしい話です。でもなんかとっても不思議な感覚でした・・・。

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すべての出来事に理由と意味があって、
だから結果がそうなっていると思うんです。
今日の出来事には、どんな理由や意味があったのでしょうね。

とてもとてもありがたい時間を過ごさせて頂いたような気がしました。
おばあちゃんに感謝です。
posted by えんじろう at 19:03| Episode | 更新情報をチェックする